七尾城〜GWの記録2015

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    5月5日長岡から車を走らせ七尾城へ。

    七尾城は下調べをしっかりしていなかったので
    (子供たちを連れて登るのは無理かと思い込んでいたので)
    100名城のスタンプだけ麓で押して、あとはのとじま水族館に行こう、
    と、そう思っていました。
    あくまでその日の本番はのとじま水族館のつもりだったのです。

    ですが、麓の資料館に入ったら
    ほんの最近作られたCGで七尾城の全体像を見せていてスゴイと思わされたことと
    特に本丸近くまで車で行けることがわかったので、つい行ってみてしまいました。

    車で行けるところまで行ければ、後は本丸まで大人の足なら30分もかかりません。
    子供たちは自由に使えるようにおいてある木の枝を手にとって歩き始めました。
    (私には杖は不要でした。春日山城を登れるくらいの足があれば杖は不要です。)
    長男も杖を持ったのでシュッシュッポッポと言いながら杖を引っ張って歩かせました。

    七尾城は尾根の上に建てられた城で、本丸周辺の山々に支城?というか砦のようなものが
    作られた構造をしていたため、実際行ってみたのは本丸だけでしたが
    全体像としてはとてつもなく大きな規模の山城でした。
    比較として適当かどうかはわかりませんが、
    春日山城はその本丸の山だけを抜き出したようなもので
    城全体の防御力を考えたら七尾城はずっと上を行っているように思われました。
    しかし、その春日山城の上杉謙信が最終的には七尾城を落とすのですから
    結局勝敗は城で決まるものではない、ということですよね。
    (信玄も居城は、城といえる程でもない館であったのは有名ですし
    総構えで、超巨大な小田原城ですら秀吉の大軍に屈しました)

    ただ、そんな連立した山城群の中心である本丸に登るだけでも
    七尾城は十分に立派でした。中世から(戦国時代初期から)の城であるのに
    本丸を中心に立派な野面積みの石垣がありました。
    山城は、山に立っているだけでも堅固であるのに
    石垣まで積むとは何という頑強ぶり。

    これまた春日山との比較ですが、春日山には石垣はなかったので
    やはり七尾城はすごい城だと言えるでしょう。

    なお、一乗谷と同様に、七尾の城下町も山城群に囲まれた扇状の土地でした。
    (一乗谷よりはやや広いように思われましたが、一乗谷と違って普通に民家が建つ
    開発された部分まで城下町があったようなので、実際どこまでが城下町であったか
    よく分かりませんでした。分かる表示があると嬉しいですね。)
    そういう限られた土地を開発すると安定した反面
    発展性に乏しいというのも一乗谷と同じ感じです。
    片や信長に破れ、片や謙信に敗れるという、周囲の強国に飲み込まれていった経過が
    国づくりの方向性とその命運を分ける、なんとも切ない戦国の厳しさを感じるところでした。

    これまたいずれ、山城群に挑戦してみたいと思わせられる城でした。
     

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